「ボスニア、そしてサラエボ」活動報告会

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    『発足経緯』
    「ワールドカップに向けてセレッソサポーターで何か出来ないか?」 
    サポーターで集まっては色々な話をしていました。
    「ワールドカップに来れない子供達を呼べないか?」
    「セレッソと何処かの国の公開試合が出来無いか?」
    「サポーターの国際交流が出来ないか?」・・・・
    はじめは手探りで色々な国を調べたり、アポイントを取ったりしていました。

     そんな時、トゥルコビッチ選手の入団が発表されました。
    「クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身」・・?
    どんな選手なんだろう?
    最初はクロアチアでの彼の成績、そしてクロアチアや
    ボスニア・ヘルツェゴビナの事を調べていきました。
    その内に、何故 彼が2つの祖国があるのか。
    どんな国か。色々解ってきました。・・・
    「ワールドカップに来れないクロアチアやボスニアの人を招待して交流しましょうよ?」
    「計画を通してセレッソ大阪、サポーターを日本国内、
    クロアチアの両国にアピールしましょうよ?」
    そんな意見がでて来ました。
    そこで、私達は、クロアチア大使館、クロアチアに詳しい日本人、
    クロアチアサッカー協会にコネのある人・・・・
    最初は手探りで相談や交渉を始まりました。
    クロアチア語しか通じず、「英語が出来る人に変わって下さい」
    と言うクロアチア語を調べたり、失敗の連続でした。

     色々と行動する内に、協力してくれる人が少しずつ現れました。
    旧ユーゴに詳しいジャーナリスト、クロアチアに在住の日本の方・・・
    特にザグレブに住む長束さんは、「招待日程のアドバイス、クロアチア
    国内の募集の方法のアドバイス、クロアチアのサポーター等の状況、
    受け入れ態勢のアドバイス、出来れば新聞・TV等でセレッソ大阪を
    クロアチアでもアピールしたい等」のこちらの無理な依頼に力強いご協力を
    頂きました。そして、長束さんから「サポーターの紹介」「新聞等への紹介」を
    して頂いけたことで、私たちのサポーターの交流・支援の計画は一挙に
    具体的に進んでいきました。

     そんな中、長束さんから「トゥルコビッチのインタビューをしてほしい。」
    との申し出がありました。
    クラブにもお願いしてインタビューを実現する事が出来ました。
     その際、原点に立ち帰り「子供達を呼べないか?」
    「トゥルコビッチの古里の子供達に何か出来ないか?」
    「ワールドカップで終わらず、永い交流が出来ないか」
    と言う意見が出ました。
    トゥルコビッチ本人にも、その事を相談しました。

     そこで、私たちはワールドカップを機に、
    ユニットやグループの垣根を越えたセレッソサポーターを
    中心とする本会を発足。
    両国と広く永く相互に交流していく事を目的とした活動を
    本格的に開始いたしました。

    2002.4.20のことです。



    『具体的活動』
    セレッソ大阪、トゥルコビッチ選手の支援と協力で
    ボスニア・ヘルツェゴビナの子供たちにサッカーボール
    などを寄付しています。

    2003年よりクラブ公認のボランティアとして、セレッソの
    Jリーグ公式戦長居スタジアムホームゲームを中心に募金活動を
    しています。
    現地へは毎年自費参加者ボランティアによりボール等を
    送り届けています。
    輸送に際しては、ルフトハンザドイツ航空より
    オーバーバッケージ分の料金を無料にして頂いています。

    『2002年』
    ●クロアチアのサポーターと交流。
    入国から出国まで、彼らに胎動して300人近いサポーターの面倒をみました。
    日本の警察は、彼らを逮捕しようと威圧を続けていました。
    身を挺して彼らの盾になり、彼らと本当の友人になれました。
    大阪では、沢山のサポーター、子ども達とフットサル大会、交流パーティーをしました。
    彼らは広島の原爆記念館を見て、下関から韓国に出国しました。
    ●サラエボの子ども達にサッカーボールの寄付
    危険な渡航でした。クロアチア人のマテヤやフラーニョに
    身を挺して助けてもらいなんとかサラエボにボールを届けられました。
    関税のこと、オーバーバッケージのこと、国境越えの大変さ、入管のこと、
    多くのことを学びました。
    ●クロアチアのNKザグレブユースジュニアユースの少年(DINO)
    サッカー協会の紹介で、招待する予定だったDino君が病気になり、
    再度の招待の為に、クロアチアサッカー協会、DINO君に会い招待の準備をしました。
    両親は仕事の為、観光局の人が一緒に来て頂くかたちで、大阪に招待の準備が出来ました。
    オシム監督のジェフ時代の通訳、間瀬秀一さんがクロアチアリーグ2部で活躍中で
    サッカー協会やDinoとの面談の通訳をしてもらいました。
    オシム監督の日本での成功には、間瀬さんの功績が大きいことを考えると
    不思議な縁を感じます。
    この時は、交渉の為に随分とザグレブに滞在していました。
    一つのアポイントに何週間も待つことになりました。
    その間、日本でお世話をした多くの友人宅に呼ばれて多くのホームパーティーを経験し、
    また、BBBと共にDINAMOの応援にホーム、アウェーともに戦いました。NK ZAGREBの試合も1試合みました。

    Dinoはシーズン終盤の約一週間来日し、セレッソのジュニアユースの子ども達と
    練習をし、2試合を観戦、昇格がかかった試合前日はトゥレの家で食事をし、
    昇格を共に喜び合いました。空港へ行く高速で、セレッソジュニアユースの
    仲良くなったコが両親の車で試合会場に向かっている車と一緒になり、お互いに
    名前を呼び合って手をふりあっていた姿が、今も鮮明に残っています。

    尚、会のメンバーの渡航や国内の移動などは、この年もその後も
    全て自己負担です。
    この年は、ワールドカップということで多くの寄付、
    テレビ局からの取材協力金などがあり
    3つの目標を達成することが出来ました。
    ほんとうに多くのセレッソのサポーターが活動に参加して頂きました。
    スポンサー、クラブ、新聞社、テレビ局などに感謝いたします。

    『2003年』
    セレッソよりクラブ公認のボランティア団体としてスタジアムでの通年の寄付の
    申し入れを頂き、継続して募金活動が出来るようになりました。
    10年続けよう、クロアチア、ボスニアの人とちゃんと人間関係を創って行こうと
    決めた年でした。セレッソにもクロアチア人、ボスニア人が多く入って来ました。
    しかし、当時は、まだまだ言葉の問題もあり上手くコミュニケーションが
    取れず、本来であれば、もっとコミュニケーションをとり彼らをサポート
    すべきだったと今は思います。結果は皆さんのご存知のとおりで、シーズン前半終了時に
    、あの恐ろしい赤紙とブーイングが起こりました。
    私たちは、ネット上の嵐の様な批判になにも出来ませんでした。
    後日談ですが、シーズン前半に解任されたムズロビッチ氏は、ボスニア屈指の
    名監督でオシム氏にも劣らない方でした。通訳や私たちがもう少しサポートして
    上手くコミュニケーションが出来れば、あの様な悲しい出来事は無かったかも知れません。
    セレッソのサポーターの方には、冷静に振り返って頂きたいのです。
    民族浄化の名のもとに、多くの人が罪も無く殺された国から来た彼らのことを
    彼らもセレッソの為に戦っていたのです。それを、クロアチア人は出て行け、
    ボスニア人は出て行けと、2万人以上のスタジアムで一斉に赤紙を出された時の
    かれらの気持ちを、人間は解り合うのに時間がかかります。
    銃の引金を引いてしまえば、関係は終わるのです。
    それを修復するのに何年も何世代もの時間がかかるのです。
    そのことを考えて、何がセレッソの為かを考えて頂きたいです。

    私たちは再びボスニアに行き、丘一面に広がる無数の墓を見て
    地元のクラブの少年達とコンクリートコートでミニサッカーをしたり、
    無事にボールを届けることが出来ました。

    2004年
    トルコビッチ選手のファンだった人たちが
    募金活動に加わって頂いたりして、通年で募金活動を行いました。
    4月に、クロアチアからマテア君、メラニン(現在の奥さん)が
    来日し、一緒にセレッソの試合を応援したりしました。
    セレッソーー!オオサッカーー!のコールはその時うまれました。
    ディナモーー!ザグレブーーー!と言う応援から来ています。
    スタジアムdj西川さんが、私たちとマテア君の話を聞いて
    定着させていってくれた応援です。
    ディナモでは、スタジアムのゴール裏が『ディナモーー』と呼びかけ
    SBが「ザグレブーー」、メイン席はよっぽど勝っている時にだけ
    ゴール裏が呼びかけ「ザグレブーー」と返します。
    キンチョウSTや長居もそうなるといいですね。
    セレッソは降格争いをし、新潟で残留を決め大久保選手は
    マヨルカに移籍しました。
    現在、FOOTRACKプロジェクトを運営するデザイナーの川田氏と知り合い、
    2005年1月早々の第三回サラエボ、クロアチア訪問に同行して頂きました。
    現地では、FIFA.com、現地新聞社などの取材を受けました。
    訪問の際は、町中に多くの小さなクラブがあり、トゥレもコンクリートコートしか持たない
    クラブでスタートをしていたことを知りました。
    寄付先のクラブでは、砲撃で建物が壊れている奥にクラブハウスがあり、そこでは
    沢山の大人が子ども達の為に無償で働いていました。
    戦争中、どうやって子ども達を教えていたか、フットボールだけではなく有名なバイオリニストが
    街にいて音楽も教えたり、一緒に楽しんでいる話を聞けました。
    ちょうど、試合で遠征に行く子ども達に出くわし、osaki osakiと言われました。
    3回目に寄付ということで、現地でも随分知られていて、セレッソセレッソと
    OSAKI、OSAKIと街でも声をかけられました。
    この時、パーフェクトサークルと言われるサラエボ完全包囲網をトゥレのお父さん
    セルモ氏に案内され、大統領を守って戦争を回避する為に戦ったこと。自宅を民兵に
    狙われて砲撃で失ったこと。家族の墓などを案内され、「頼むな、伝えてくれな」と
    託されました。夕日の沈む、サラエボの高台で頼まれた時、子ども達が河原で雪に
    PEACEと書いていました。涙が出ました。やっと家族のように認められた。
    初めてトゥレにこの計画を話した時、彼は悲しそうな顔をして
    「君たちには解らない。本当のサラエボや難民を。。。」と言われた時のことを
    思い出しました。
    正直、重すぎて、代表であるのに、逃げていました。
    サラエボからザグレブに行き、マテア達と再会。楽しいひと時を過ごしました。
    その後、トゥレに会うためスプリトへ行きました。。。。。。。

    後日掲載します。
    写真添付予定です。
    CB JAPAN
    HALU Iwasaki

    クロアチア国営テレビ取材

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      class="pict" />クロアチア国営テレビ取材
      が8月26日 新町シェフビッシュで行われました。
      取材内容は、「日本人の祭りとスポーツ」
      ディナモザグレブ BBBとセレッソ大阪 ROUとの交流
      シェフビッシュのクロアチア料理など
      アットホームな取材が行われました。
      当日は、多くのサポーター、ボスニアとクロアチアへの
      渡航メンバーなどが集まりました。



      2010.8.26 HRT

      解説付きです。



      新町シェフビッシュ
      食べログサイト
      http://r.tabelog.com/osaka/A2702/A270201/27051345/

      具体的活動

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        セレッソ大阪、トゥルコビッチ選手の支援と協力でボスニア・ヘルツェゴビナの子供たちにサッカーボールなどを寄付しています。
        2003年よりクラブ公認のボランティアとして、セレッソのJリーグ公式戦長居スタジアムホームゲームを中心に募金活動をしています。
        現地へは毎年自費参加者ボランティアによりボール等を送り届けています。輸送に際しては、ルフトハンザドイツ航空よりオーバーバッケージ分の料金を無料にして頂いています。

        2002年には
        クロアチアのサポーターと交流。
        クロアチアのNKザグレブユースジュニアユースの少年を大阪に招待セレッソ大阪ジュニアユースとの練習交流などを行いました。

        今後も様々な交流、支援活動を行って行く予定です。

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