ワールドカップドイツ大会 日本vsクロアチア

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    ワールドカップドイツ大会 日本vsクロアチア戦後、マテア君らクロアチアサポータと会う事が出来ました。

    マテア君と記念撮影

    クロアチアサポーター

    ボスニア訪問レポート

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      その後セルモさんの自宅へ招待され、
      家族の方と一緒びに昼食をいただいた。
      トゥレの話し、家族で日本を訪れた思い出話など話しは尽きなかった。
      この後、トゥレの奥さんからトゥレの自宅の招待された。
      選手の自宅に訪問したのが初めてなので、ちょっとテンションが上がった。
      そこにはメキシコでタイトルを獲った写真、
      ファンからもらったプレゼントなど、沢山の彼の宝物を目にした。

      そこでトゥレのスクラップ集を見せてもらった。
      ボスニア代表の記事、クロアチア、ハイデュクの活躍など
      沢山の思い出がつまっていた。
      目に付いたのがボスニア代表監督がなんとムズロビッチだった。

      それと先程も書いた昨年School For Retarded Persons[VLADIMIR NAZOR]を
      訪問した記事のスクラップがあった。
      その記事をジェキチ美穂さんに通訳していただいた。

      【ブラディミル・ナゾル学校への援助】
      元代表で現在ハイデュクでプレーするアルミル・トゥルコビッチ、
      彼は日本で多くのファンを得た。
      彼の離日後、トゥレのファンは彼とハイデュクの試合に訪れた。
      そして彼らはサラエボまで訪れた。
      そしてユニフォームやサッカーボールを寄付をした。
      アルミルの父・セルモの付き添う中、
      ブラディミル・ナゾル学校の障害を持つ子供達に寄贈された。

      僕達の活動がボスニアで認知されてることを実感した。
      今年で4年間活動を継続し、5年目を迎える。
      ここまで活動に協力していただいた方々に
      本当に感謝の気持ちでいっぱいになった。
      皆様本当に有難うございます。
      今後継続していくように努力していきます。

      思い出話しに花を咲かせていた時に
      クロアチアサポーターのマテア君が、僕達に会う為に来てくれた。
      彼とは2002年ワールドカップのサポーターの交流から
      初めての訪問時にクロアチアからサラエボまでの運搬を手伝ってくれた。
      彼の協力のおかげで初年度の訪問ができた。
      サラエボ訪問時に必ずザグレブにも訪問をして、
      かれこれ4年の付き合いになる。
      今回は訪問が出来ないと知ったら、
      クロアチアの首都・ザグレブから
      片道6時間を道のりを車を飛ばしてきてくれた。
      彼の気持ちが本当に嬉しかった。
      彼がサラエボを発つ時にサポーターのフレンドリーマフラーを渡した。
      彼は大変喜んでいた。
      そしてドイツ・ワールドカップでの日本代表−クロアチア代表戦で会おうと。
      マテア君はまた片道6時間かけてザグレブへ向かった。

      明日はサラエボへ発ち、ドイツへ。
      ドルトムントで行われる、
      日本代表−ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の試合を観戦する。

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        サラエボ市街に戻る途中の車の中で、セルモさんがボスニア紛争のことを話しをしてくれた。
        『90%の人たちは戦争をしたくなかった。でも10%の人たちが戦争をさせた。
        昔から仲良かった友達と元に戻れない状態になった。それが悲しい』
        と。
        それとボスニア・ヘルツェゴビナ代表−セルビア・モンテネグロ代表の試合で
        セルビア人が悪いようにされていたが、それも一部の人たちが仕組んだことだと。
        そこで僕は『でもこの試合をしたことによって再び仲良くなるきっかけになるんではないですか?』と聞いてみた。
        『時間は必要だけど小さな一歩になるとは思う。でも時間が必要だ。』とセルモさんは言った。
        おそらくそうではないかと思っていたが、セルモさんから聞くとその背景の重みが簡単ではないことを改めて痛感した。
        だが人々未来に向いて進んでいる。
        『2002年よりボスニア、セルビア、ムスリムの三つのサッカーリーグが、
        民族の垣根を越えて、ひとつのリーグになり、
        プレミエルリーガ(英語でいうプレミアリーグ)が始まった。』
        『車のナンバーも以前は各民族の名前が記載されていたが、今は無くして垣根を取り払う努力をしている』

        とセルモさんは話してくれた。
        破壊された建物は無くなり、新しい建物が次々と建築されて見た目の復興は進んでいたが、
        内側の復興もゆるやかながら、国も国民も前に進もうとしてることを感じた。

        昨年訪問、サッカーボールを寄付した障害者小学校施設、
        School For Retarded Persons 〔VLADIMIR NAZOR/ブラディミル・ナゾル〕を訪問した。
        スタッフの方は昨年寄付したこと大変感謝されていた。
        この後、ここでの訪問が評価されたことを知ることになる。



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          施設の訪問を終えて、セルモさんが自分の別荘に連れて行ってくれることになった。
          2003年の訪問時に招待されたことがあり、
          その時は別荘の庭でトゥレ家族と親戚にバーベーキューをもてなしていただいた。
          セルモさんは『あの時は別荘はまだ未完成で、今回完成したんだよ』と言った。
          サラエボ市街から車で20分も走れば、
          牧歌的風景に変わり、山に囲まれ、渓谷が現われる。
          サラエボが山に囲まれた街というのがすぐ理解出来る。
          集落渓谷

          ある集落から別荘にある側道に入り、
          小川があることに気づき、あることを思い出した。
          サラエボは有数の名水処だが、
          戦争で汚染されて水道水は飲めないと本で読んだことがある。
          そのことをセルモさんに質問した。今は飲めるようになったと言った。

          セルモさんの別荘に着いて、
          庭からグリルリーム、別荘の中まで案内してもらった。
          グリルルームはここで肉を解体してバーベキューをする。
          庭の木には鳥の巣箱を取り付けてあって、野鳥が訪れる。
          別荘別荘画像

          ご自慢は木の下に作ったテーブルとベンチ。
          テーブルの木は山で見つけてきたもので、
          幹からテーブルの足になる枝がいい具合に生えていたので、
          持って帰ってきて、早速にテーブルにしたとのこと。
          メインの別荘の中だが、
          地下は、ガレージようなスペースだが、
          テーブルとイスが置かれていてリビングスペースになっている。
          1階は、リビング、キッチン、シャワールームがある。
          リビングにはトゥレの写真が飾られている。

          別荘画像

          2階は屋根裏部屋のような感じのベットルーム。
          こじんまりだがキレイな部屋である。

          画像

          夏に家族とここでバーベキューをし、過ごすとのこと。
          冬は寒いけど、夏は快適なので、次回は夏に訪問してほしいと言われた。
          セルモさんの別荘は建築中に戦争によって完全に破壊されたが、
          『懲りずに頑張って、自分で作ったよ。』と軽く笑い飛ばした。
          戦争で沢山のものを失ったはず。
          でもそれを取り戻したい為に自分の手で作ったのではないかと思った。

          街に戻る途中で通った集落で、セルモさんが、
          『ここの集落は戦争で家屋はほとんど破壊されたけど、
          一軒だけが破壊されなかった家がこれなんだ。』

          『ここはボスニア居住区だけど、
          この家に住んでいる人はセルビア人なんで、破壊されずに済んだ。』
          と。
          背筋に寒気が走った。以前の訪問で見た戦争で破壊された建物は、
          ほとんど無差別にされたものだと思えるくらい、片っ端から破壊されていた。
          でもその裏側では調査した上で破壊されたいう一面を知った。
          市民レベルではまだまだ知らないことが多いことを実感した。


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            今回訪れた施設は、

            UDRUZENJE RODITELJA I PRIJATELJAZA POMOC
            OSOBAMA SA MENTALNOM RETARDACIJOM
            NA PODRUCJU KANTONA SARAJEVO
            “OAZA”
            OAZA玄関OAZA玄関
            とても長い名前だが、簡単訳すと

            サラエボ県知的障害者と家族の会 【オアザ】

            オアザとは英語でオアシスという意味。

            園長のナズミアさんが迎え入れていただきました。

            こちらの施設に寄付した内容は
            中古サッカーボール 50個
            セレッソ大阪サポーターステッカー 50枚
            セレッソ大阪サポーターマフラー  5本
            セレッソ大阪サポーターラバーブレス 50個
            以上になります。

            施設でサッカーをすることもあり、大変喜んでいただきました。

            まず訪問時に驚いたことは、施設としての建物があるわけではなく、
            マンションの1階の一室にあったということだ。
            施設設立の始まりは、知的障害者の子供を持つ家族達が、
            子供達を自立支援する為にグループで立ち上げた。
            スタッフは家族の方々を中心に専門家と社会福祉ボランティアの協力で
            国からの援助無しで運営されている。
            その為運営はかなり大変で寄付などを募っている。
            施設内のワークショップで、
            工芸ロウソク、ガラス工芸品、織物の工芸品などを製作し、
            将来、自分達の職業に役立てるように訓練をしている。
            そのワークショップで工芸品の製作を見せていただいた。

            工芸品
            ワークショップで製作されたロウソク

            ニハド君OAZA
            左:工芸ロウソクを制作中 右:工芸ガラス品を制作中

            OAZA工芸品
            左:織物工芸品の作業場 右:完成した織物工芸品

            工芸品工芸品
            左:植木鉢入れの織物 右:花びらの工芸品

            工芸ロウソクを作っている少年ニハドくんから、
            彼が作ったロウソクをプレゼントをいただきました。
            ニハド君
            ニハド君が製作したロウソクとボール、マフラー、ステッカーのプレゼントの交換

            彼は屈託の無い笑顔で僕達を迎えてくれた。
            この施設でサッカーをしているというのは、
            スポーツカリキュラムの一環の中でサッカーを取り入れている。
            全てスポーツで出場した大会で12個のメダルを獲得。
            '05年スペシャルオリンピンクで水泳でメダルを獲得。
            と、スポーツに力をいれている。
            ロウソクをプレゼントしてくれたニハドくんは、
            '04年南東ヨーロッパ・スポーツ大会で聖火台に灯を点したと、
            誇らしげに語ってくれた。
            サッカーチームを立ち上げた経緯は、
            重度になるほど、運動が必要となるのでサッカーチームを
            2〜3年前から始めたとのこと。
            家族の皆さんは、子供達がスポーツをしてる時の
            輝いた笑顔を見ることに喜びを感じると言われていた。
            サッカーボールの寄付には大変感謝されてはいたが、
            ワークショップの運営上、工芸品の毛糸、ロウソクの材料を
            寄付してもらえたら、有り難いとも言っていた。
            OAZA
            後列(左から):園長のナズミアさん、トゥレの親戚の方、ニハド君、ボランティアスタッフの方
            前列(左から):赤松、通訳・ジェキチ美穂さん、枡田


            以前に戦争孤児施設を訪問した際にも同様のことを感じたことだが、
            施設ということに暗のイメージを持ってしまうことがあるが、
            実際訪れると、子供達の笑顔は屈託無く眩しい。
            誰よりも彼らは明るく生きている。
            その笑顔が彼らを支えている家族とボランティアスタッフの原動力になっていると感じた。
            訪問前にはサッカーを取り入れている程度だと思っていたが、
            沢山のスポーツカリキュラムを取り入れ、なおかつ大会に出場し、
            メダルを多数獲得していることのあたり、
            ヨーロッパのスポーツ文化の底辺の広さを改めて感じた。
            運営の現状は、国の支援もない状態で、
            ワークショップだけでも大変なはずにも関わらず、
            スポーツを取り入れることを並大抵のことではないと思う。
            その愛情の深さとスポーツの重要性を何よりも大切していることを
            家族やスタッフの方々が証明している。
            今回は彼らとサッカーが出来ず終わり残念だが、
            今後どの施設に限らず、訪問先の施設でサッカーを共に楽しみ、ふれあいたいと思う。

            ボスニア訪問レポート

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              朝11時にセルモさんが通訳の方を連れて、
              僕達が宿泊してるペンションに来てくれた。
              通訳の方はジェキチ美穂さんといい、
              ボスニア・ヘルツェゴビナ北部、デルベンタ在住で、
              現地の方と結婚し、通訳・コーディネーターをされている。
              挨拶を交わし、早速今日訪問する施設の打ち合わせをする。
              今回初めての日本人通訳の方なので、
              こちらの意図がスムーズに伝わるし、
              わからないボスニア語を教えてもらうことが出来てかなり助かった。
              まだ会ったばかりだが、いい協力者を得たと思った。
              今回は知的障害者の施設に訪問することになった。
              その施設では知的障害者の少年達がサッカーをする経緯から
              今回寄付することになった。
              前回も知的障害者の職業訓練施設を訪問したが、
              前回は参加していない僕は知的障害者施設に訪問するのは今回始めてになる。
              僕は今回で3回目になるが、
              1回目が戦争孤児施設、2回目が少年サッカークラブ。
              様々なところでサッカーが関わっているんだなと改めて感じた。
              セルモさんの車に乗せてもらい、施設へ向かう。

              ボスニア訪問レポート

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                クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会の
                サッカーボールの寄付での
                サラエボ訪問は今回で4回目となる。
                J2時代に在籍していた、トゥルコビッチ選手(愛称トゥレ)の協力を得て、
                2002年日韓ワールドカップの年から始めて、早4年。
                ついにドイツワールドカップの年を迎えることになった。

                セレッソ大阪さんミズノフットサルプラザさんスポーツプラザあべのさん
                からサッカーボール及びグッズの寄贈、
                ルフトハンザ航空さん輸送の
                ご協力を得て、ボールを運ぶことができました。

                ルフトハンザ航空のチェックインカウンター名古屋から10:55発のルフトハンザ航空機で出発して、
                フランクフルト、ウィーンを経由して、
                ボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボに到着したのは、21:30を過ぎていた。
                日本から18時間半以上の移動にさすがにクタクタになった。
                税関でパスポートチェックをクリアし、荷物を引き取った後、
                空港職員がサッカーボールが入ったダンボール箱を見て、
                荷物のチェックが始まった。
                『日本人か?』『この荷物の中身はなんだ?』『なぜサラエボに来た?』
                と次々質問されが、
                書類を差し出し、書面の【トゥルコビッチ】の名前が目に入った途端、
                『オォ〜トゥルコビッチ!!』と笑顔に一変!
                さすが元代表選手!影響力大☆
                すかさず職員のひとりが外に出て、
                僕らを迎えに来てくれていたトゥレの父、セルモさんを連れてきてくれた。
                セルモさんは満面の笑みで僕達を迎えてくれた。
                お互い抱きあって久しぶりの再会に喜びを表した。
                彼はボールを寄付する一番の協力者。
                僕達は親しみやすく、頼りがいがあるキャラから【パパ】と呼んでる。
                トゥレのお父さんですし。
                セルモさんの笑顔で疲れも一気に吹っ飛んだ。
                こうして無事ボスニア・ヘルツェゴビナへ入国することになった。

                到着ロビーにはパパ以外に親戚の方も迎えに来てくれて、
                トゥレの兄、エルディンさんも後から駆けつけて荷物と一緒に
                常宿でトゥレの親戚が経営している、
                PENSION SULJOVICへ車で連れて行ってもらった。
                ペンションに着いて明日合流する通訳の方に
                セルモさんに電話して待ち合わせ時間の打ち合わせをする。
                長い一日がようやく終わり、
                明日はボールをプレゼントする施設を訪問する。

                2005-2006 サラエボへの寄贈 概要

                0
                  私ども「クロアチア=ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会」の活動に格別のご理解を賜り、厚くお礼申し上げます。

                  さて、本年も「クロアチア=ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会」はサラエボの子供たちにサッカーボールを贈ります。

                  下記に詳細を記させていただきましたので、皆さんも輸送メンバーの無事故の成功を応援下さい。

                   
                  2005年2月23日 10:55発 名古屋国際空港発

                  ルフトハンザ航空 LH737(RQ)便、ボランティアスタッフ(枡田 亮志・赤松 亮一)両名の手によって、

                  ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボへ、

                  サッカーボール、ウエアー、セレッソ大阪グッズなどを運びます。

                  運ばれたサッカーボール等は現地でトゥレのお父さん達とボランティア方々により、

                  サラエボの子供たちに寄贈されます。

                  主催

                  「クロアチア=ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会」

                  http://www.realosaka.net/croatia/

                  協賛

                  ボール寄贈

                  ミズノフットサルプラザ http://www.mfpnet.com/


                  スポーツプラザあべのhttp://www.ogsports.co.jp/accept/abeno/

                  輸   送

                  ルフトハンザ航空 http://www.lufthansa.co.jp

                  グッズ寄贈

                  セレッソ大阪 http://www.cerezo.co.jp/

                  協力

                  セレッソ大阪(大阪サッカークラブ株式会社)

                  アウミール・トゥルコビッチ

                  (元ボスニア・ヘルツェゴビナ代表/2002〜2003セレッソ大阪在籍)

                  2005-2006 サラエボへの寄贈内容

                  0
                    中古ボール 139球
                    提供:MIZUNOフットサル、OSC

                    新品ボール 3球 
                    募金で購入しました。

                    セレッソグッズ
                    提供:セレッソ大阪
                    ・レプリカユニフォーム 5枚
                    ・Tシャツ11枚

                    セレッソグッズ、サポーターグッズ、サッカーグッズ
                    募金で購入しました。
                    ・タオルマフラー 5枚
                    ・ウインドブレーカー 2枚
                    ・マント 1枚
                    ・キーホルダー 3個
                    ・ジャガードマフラー 10本
                    ・ステッカー100枚
                    ・ラバーブレス200個


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